日南Journal
暮らす
都会での暮らしを見つめ直し、日南へ。
子育てと商い、二つの選択
出産をきっかけに、暮らしを見直した
大阪・関西圏で長く暮らしてきた米倉さんが日南市に移住したのは、今から約8年前のことです。きっかけは、出産でした。出産直前に母親を亡くし、これからの暮らしや子育てについて、改めて考えるようになったといいます。
日南は、米倉さんの母親の故郷。親戚も多く、幼い頃から何度も訪れていた土地でした。「一度こちらで産んで、また大阪に戻るつもりだったんです」と振り返ります。ところが、実際に子育てが始まると、暮らしに対する考え方に少しずつ変化が生まれていきました。
「この先の暮らし」が、具体的に見えたとき
大阪での生活は便利で刺激があった一方で、生活費や住宅ローン、子育て環境など、現実的な課題も多くありました。「このまま大阪での暮らしを続けていくことに、どこか引っかかりを感じるようになりました」。
そんな違和感を覚え始めたとき、自然と日南での暮らしが選択肢として浮かび上がってきました。「決めたら早い性格なんです」と米倉さんは笑います。大阪の家を手放し、日南への移住を決断しました。

大阪の味を、日南で届ける
移住後、米倉さんが始めたのが大阪料理居酒屋「ビリケン」です。もともと飲食業の経験があったわけではありませんが、開業にあたっては大阪の飲食店で修行を重ね、味や焼き方を改めて一から学びました。
ソースは大阪の専門店にオリジナルで作ってもらい、生地には宮崎県産のかつお節で取った出汁を使用。お好み焼きやたこ焼き、焼きそばといった定番の大阪の味は、カープファンや高校生、地元の人たちに親しまれています。「これが本物やで、っていう味を知ってもらえたらと思って」。


子育てを一人で抱え込まない暮らし
日南での子育てについて、「思っていた以上に、周りに助けられています」と米倉さんは話します。近所のおじいちゃんやおばあちゃんが子どもに声をかけてくれたり、友人同士で子どもを預け合ったり。信用できる人が近くにいる安心感は、大阪ではなかなか得られなかった感覚だったそうです。
体調を崩したときには、常連客が果物や食べ物を差し入れてくれることも。「日南に来てから、みかんを買わなくなりました」と、笑顔で話してくれました。

甘くはない。でも、心は安定している
もちろん、移住後の暮らしは良いことばかりではありません。物価と収入のバランス、車が欠かせない生活、商売の難しさ。「正直、甘くはなかったです」と率直に語ります。
それでも、「今は心が安定しています」と続けます。大阪にいた頃のように、ふとした瞬間に気持ちが張り詰めることが少なくなりました。「日南の人の人柄が大きいと思います」。飲食店同士で助け合ったり、余った食材を分け合ったり。そうした関係性が、日々の支えになっています。
これからも、挑戦は続く
現在の夢は、キッチンカーを持つこと。待つだけではなく、自分から人の集まる場所へ出向きたいと考えています。店舗展開や新しい挑戦も、視野に入れています。
「商売は簡単じゃない。でも、楽しいのも事実です」。そう語る米倉さんの姿からは、覚悟と前向きさが伝わってきます。

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